一流をめざした人々

多様性と市民権

どの分野も多様化が進んでいます。他と異なる行動をして、僻目(ひがめ)で見られ窮屈な思いをしていたところ、ようやく市民権を得ようとしているものもあります。

最近では同性愛者をツイッターで論評して話題を提供した職員がいました。ネット右翼、ネット弁慶に陥らないように自戒を込めます。天に唾すると自分の顔に落ちてきます。

市民権

自分と異なる趣味や考えを持つものを理解できないばかりでなく攻撃する人もいます。蛇やトカゲをペットにしている人もいますが、自分に直接的な影響がなければ多様な考えを認め合うことになります。

ファーブルやシートンのような世界的に著名な動物学者が生まれるかも知れません。

Golf国土の小さいわが国のゴルフ場総面積は香川県よりも広く、森林をつぶし環境破壊につながるゴルフはどこが面白いのかという意見もありましたが、最近ではゴルフ場の緑がCO2削減になり、いざというときの避難地にもなると見直されています。

しかし、十分に広いコースがすでに存在し、これ以上の新設は必要ないように感じます。

文系と理系

最近では文科省政策において、文系軽視、理系重視の傾向にあるような気がします。そもそも文系と理系に区分けすることの必要性があるのでしょうか。決められた期間であらゆる学問・技量を身に付けることができないので範囲を狭めて限られた分野を極めるということでしょうか。

Leonard-da-Vinciかつてから文武両道という考え方がありました。ルネッサンス期の芸術家にレオナルドダビンチがおり、「万能の人」、「完人」と言われました。芸術方面だけでなくあらゆる分野に精通されたと言われています。

今では専門バカはほめ言葉ではないでしょう。偏屈の類語と感じている人も多いことでしょう。

最近の風潮では、青年は夢は小さく狭い範囲でトップを目指すということでしょう。「狭い町内でカリスマ、天才、俊英、逸材といわれて天下を取ったように誤解していませんか」オッとこれも差別につながりませんか。

異なる分野を理解する

明けても暮れても切った貼ったの戦国時代においてすら、能楽、茶道に興じることがありました。清水次郎長一家森の石松や三国志に出てくる張飛のように武力があるだけでは人望を集めることができません。

本業と対極にある境遇を体験すると公平や平等に配慮が行き届き、身の処し方が変わると言われています。

相互理解

経営者、管理職、学校の先生、面接官、教習所教官などになったら踊り、茶道、華道の生徒になるとその人を大きく成長させます。

立場の弱い人を理解したりさらなる高みを目指す人に一流への玄関口が開かれています。

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