プログラミング教育盛況

プログラマー養成と異なる

最近、プログラミングという言葉がマスコミ上で目にする機会が増え喜ばしい限りです。このブログで関連する出来事を何度か発言したものとしてやっと日の目を浴びてきたのではと安堵しています。

これはプログラミングへの関心が高くなってきたからに違いありません。今や小学校で小型パソコンやタブレットを一人一人に持たせてプログラミング教育を展開していくという文科省の旗振りが功を奏した結果であると言えましょう。

我が国は欧米の先進性を逸早く(いちはやく)取り入れながらも為政者や経営者に都合の良いように巧妙にすり替えられた歴史がありました。以前、短絡的な呼称としてのプログラマーは初心者の部類に区分けされ、SE、プランナー、アナリストは高級エンジニアに位置づけられ、プログラマーの地位や報酬が低く抑えられてきたきらいがありました。

欧米の解説書、解析書、翻訳本を参考にしながら業務に携わってきましたがSystem engineerという用語は見かけたことがありません。

参考にさせていただいた著者のWalter Oney、Peter Norton氏らは自らをプログラマー、ソフトウェアエンジニアとプロフィールで語っていました。

世界の多くの技術者に敬愛を受けている著者がプログラマーなのです。

欧米のプログラマー歴史は深く、世界最初の女性プログラマーと称されるエイダ・ラブレス夫人(Lovelace, Augusta Ada Byron-1815~1852)は坂本龍馬よりも21年早く、渋沢栄一より25年早く生まれています。

そしてadaという言葉は米軍国防省が世界中から公募して完成させた ada 言語(エイダげんご)にその名を残しています。

必要とされている人材評価

太閤殿下の豊臣秀吉は上杉氏の家臣であった直江兼続を引き抜くために自分の収入の数倍に当たる好待遇で誘ったと言われています。

プログラマーの評価が世界標準になり、ビル・ゲイツ並みの高額所得者に迎えられるような力のあるプログラマーの出現を待望しています。

最後に

日本の製造業は先頭を走ってきましたがこんなにも早く諸外国から追いつかれたり、追い抜かれることはないだろうと思っていたことが現実になっています。

他人が考えたことを研究して付加価値を加えて世界を席捲・リードしてきましたが、日本が進めてきたことを多くの国がさらに改良を重ねて市場を奪っていったのでしょう。

安易な物まねによる成功は長続きしない

プログラミング教育はプログラマーを育てる教育にあらず、自ら考えて行動する人材を育てることが目的のようです。世界に先駆けて新しいことを生み出す人材が多く現れることを願っています。

おまけ

➊エイダ夫人とは『人を恋うる歌』にある「バイロン・ハイネの熱なきも…」と歌われた詩人バイロン卿の娘さんです。

❷どこで入手したかわかりませんがWalter Oney氏からメールが届き小躍りして喜んだことがありました。本文をよく読むと、今度、新刊本が出るのでぜひ買って読んでほしいという内容でした。出版社の営業の一環かもしれないと考え、喜びが半減したことを記憶しています。

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