小市民化

経済縮小

Terayamaやることなすことが思ったように運び、日本国中が浮かれていました。30年前ほどの高度成長期がそれに相当するでしょう。お金がなくても入ってくる当てがあり、高額でなければ借金はまったく怖くありませんでした。

分け前のパイは十分大きく、関わった全員が潤いました。江戸時代の宵越しの金は持たないとはあのようなことをいうのかも知れません。今とは大違いです。

ここにいたり、多くの生活用品は軽く、小さく、薄くなってきました。長い間、実質的には値上げなのにデフレと言われ続けてきました。食料品以外ではそのようなやり方は難しく全体ではデフレになっていたのでしょうか。

縮小する日本経済単三電池10本で980円を、8本で816円にすると単価が値上がりしたことが分かりにくいです。

納豆、インスタントコーヒーは何度も何度も小さくなりました。シャケの切り身は極端に薄くなり、コンロで焼く時間を以前より短くしないと真っ黒になります。

マスコミはデフレと囃し立てているが実態は値上げなのにと感じたものです。

中庸と実力社会

何事もほどほどが最高という考えがありますが、世界と競争するには甘く生ぬるいです。幼稚園の運動会では差が付かないようにハンディキャップ競争と聞きます。それでも一等賞を獲るやオリンピックの金メダルに輝いたような大祝勝会になるとか。

s-undokai004大人の社会では等しくスタートラインに立てれば、後は実力と割り切ります。実力が試される前に出身(コネ、有力者の推薦、学校、出身地、性別など)により書類審査で落とされることが多いのです。

その点、差別なくスタートラインに立って公平な競争の結果として敗れるのは仕方ないことです。親は子がかけっこに不得意であれば、得意分野に進むようにアドバイスすればよいのです。

そのとき、引かれ者の小唄のごとき負け惜しみを言わず、韋駄天に一目置きながら、足の速さ以外にも多様な活躍の場が用意されていることを語りましょう。他人のまっとうな振る舞いにケチをつけると運が逃げると言われています。

活力ある社会を目指すには、一部のスポーツ(野球、サッカーなど)や特定学校出身者に偏らない人材登用が望まれます。それには有名学校・銘柄学校出身者でなくとも魅力ある人間であることが大前提なのです。幼稚園の運動会でビリであった経歴はまったく問われないでしょう。

少市民度算出関数
目薬をさす

少市民は国民の代表です。少市民度を算出する方法は山ほど報告されています。そこでちょっと古い方法ですがそこそこの年輪を重ねた世代で理解される歌手「嘉門達夫」の『小市民の歌』を遊び心で利用します。

目薬さすとき無意識に口をあけてしまうなど心当たりのしぐさが必ずあるはずです。その個数をnとすれば以下の式で求められます。

小市民度算出関数

小市民度が高ければ良い、低ければ良いというわけではありません。小市民度で自分が庶民派、孤高派のどちらであるかを確認できそうです。

小市民化と民主主義の劣化

国際マラソン大会では男女とも日本人の優勝は難しくなっています。そこで日本人トップという言葉が使われるようになりました。

経済が元気なときには、世界一を望みましたが今ではローカルな活躍でも大喝采です。一億総小市民化が大勢を占めています。

昔は「遠くの親戚よりは近くの他人」でしたが、電話や車などが普及し民間・行政のバックアップが整ったこともあり、個人の生き方が尊重される時代になりました。

助け合い精神が薄れたことはやむを得ませんが、ゴミの放置など公衆道徳が低下しているようです。

民主主義の値段英訳に苦しむほどの一億総活躍大臣が生まれました。一億白痴、一億総中流、一億総ざんげなどに使われるその言葉《一億》は国民を揶揄しており、ひやかしの感が強いです。

電車の中での化粧がほとんど見られなくなりました。遠く離れたくずかごにゴミが命中したら今日は運がよいくらいにとどめ、ポイ捨てが民主主義の劣化などと言わずに他人にやられていやなことは自分もしないことが大切なようです。

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