日別アーカイブ: 2022-10-14

不寛容の時代

価値観の多様性

寛容に似た雰囲気に、「価値観の多様性」の尊重があります。三人集まると社会が構成されると言われます。

社会は様々な考えを持つ人々の集合体です。このたび、旅をしての悲喜こもごもを綴ってみたくなりました。

国の中央、地方を問わず同じような傾向にあり、シャッターを締め切った店舗や窓が壊れた空き家が目立ちます。高度成長のひずみ、人口減に対応できない行政など要因はいっぱいあります。

時代の推移

今や日本はあらゆる分野で劣化しているなどと言いたくありませんが、当たらずとも遠からずと感じます。また、世代間の分断が半端ではないようです。子育てを終えた世代はもっと上の世代から、何の援助も受けずに立派に勤めを果たし切ったとうぬぼれています。

幼稚園や小学校近くの住宅地では、子供の騒ぐ声がうるさいと抗議します。

電車内や公共施設でちょっとでも大声を出そうものなら重大な犯罪を犯した如く睨め付けられます。他人から許しや助けを受けて老境に至ったことなどどこ吹く風です。

そこにはマナーがあって然るべしです。ある体験からです。新幹線トイレで用を足していると激しくドアをノックされ、あわてて外に出ると中年女性が立っていて、はねつけるようにしてトイレの中に入っていきました。

我慢できないほどの生理的欲求であったことは理解できますが、会釈くらいして欲しかったです。明日は我が身、言いたくありませんが『労害』そのものです。往年の西部劇《ローハイド》の一節をもじって『労害、労害、労害、ろ~が~い』。

捨てる神あれば拾う神あり

山形の女性へのコメント「肌がきれい」『さざなみのおうみ』から引用

不寛容は異世代間だけで起きるものではなく、同一世代でも起きます。社会の貧富に連動しているとも思えません。

SNS普及による個人の暴走のなせる業でしょうか。声を上げたもの勝ちの風潮はいつまで続くのでしょう。

旅をして不案内な土地で心細い思いしました。

そのようなときに受けた親切は一生、忘れられないのもです。信州路・交差点近くの土産店のお嬢さん、ありがとう。