リサイクル時代

持続可能な17の開発目標

2030年までに達成すべき持続可能な17の開発目標

巷には、SDGs(Sustainable Development Goals)、サステナブルなどのことばが踊っています。一方、「消費者は王様だ」の声掛かりのもと、消費することが経済を発展させ次の原動力を生み出す呼び水になると喧伝されてきました。

リサイクルということばは手垢がついて色あせた存在になっていましたが、ここに至って息を吹き返しています。モノがいつの間にか小さくなったり数が少なくなったりしています。

 

乾電池が10本単位で売られていたものが8本になって以前より安くなって売られると実質値上げされたことが気づきにくいです。

1本当たりの値段を計算すればわかりやすいです。当初、10本で100円で売買されていたものが、8本で88円とすれば単価が10円から11円に値上げされたことになります。

3R・4R・5R

江戸時代は外国との交易がほとんどゼロでした。そのため、自給自足の考えが尊重されました。モノを購入するには当時の賃金からすれば高価であり、リサイクルして使うことは普通のことだったでしょう。時代が進んで産業革命が起き労働の対価として賃金を受ける機会が増え、生産効率が高まるとリサイクル精神は後退しました。

今や高度成長のときは過ぎ去り、資源には限りあることが自覚され再びリサイクルが注目されています。大量生産への飽き、労働時間短縮、賃金の頭打ちなどがモノを大切にして再利用する機運が盛り上がったと思われます。

年金が目減りしたり、実質賃金が横ばいないし低下するとき、壊れたり破けたモノを修繕して使うことは庶民のささやかな抵抗と言えましょう。

集合住宅ではトンカチで家具を修繕することもままならないでしょうが、メカを動かす為に使った乾電池が取り換え時期になって捨てる前に、ラジオに再利用しています。

電池が古くなるとヒビが入ったような音声になりますが、今は問題なく使えています。知恵を絞って値上げの洪水に対抗していきます。

知恵を絞った補修

私の親の代ではガラスが割れてもすぐ交換しないで、右の写真のように割れ目にテープを貼って補修して使いました。

写真の例は芸がなくいかにも貧乏感が漂っています。当時は気の利いたテープもなく、包み紙を桜や梅に象(かたど)り丁寧に補強して割れ目を目立たないようにしていました。

和室が減って障子戸も見かけなくなりましたが、障子が破れたときもちょっとした破れは同様の補修をしたものです。

人口が増加傾向にあるときは補修して使うよりも働いて賃金を得て買う方が得策でした。

安定成長期においては取得する所得にも限界がある一方、自由に使える時間が増えました。リサイクル、再利用に目を向けて限りある資源を大切にしたいものです。

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