わが国は決まった時間や曜日にお祈りをする宗教を信じている人は多くありません。宗教が生活の隅々まで教科しているとは思えません。諸外国では生活上の規範・道徳は宗教心が基本とされるなか、わが国の治安は高いと言われ、江戸時代・明治初期に来日した外国人が驚いたと伝えられています。
儒教精神が染みとおっているとも言われていますが、俄かには信じられません。以前と比較してモラルは低下しているのでしょうか。
最近、万引きや詐欺行為は後を絶ちません。目立つところに禁止立て札、犯罪行為を牽制する張り紙がやたら多く感じます。不法投棄を戒める看板が立てられているのに人通りのない場所には車から大量のゴミが捨てられます。やられたほうはたまったものではありません。あぁ、小市民というほかありません。
直接的な表現を薄めた「従業員もトイレ利用…」は「パトロール中」や「監視カメラ作動中」よりは気の利いた文言です。
張り紙や立て看板は大衆向けであり、富裕層だけが利用する施設には注意を促す張り紙はないとか、体験したことがなく不明です。シンガポールのように行政による監視や厳罰化が必要になっているのでしょうか。
四六時中、戒めに囲まれているとモラルは向上しますが創造性が萎みます。監視や締め付けは創造性と相反します。
人は常にのびのびと振る舞いたいという欲求がありますが、このままモラル低下が進むようであれば監視カメラの常設となるでしょう。