江戸時代、大都市の庶民は借家住まいが多く、トイレは共同便所でした。トイレの糞尿は近隣の農家が有料で引き取って有機肥料に使います。人糞は手軽に入手できる上等な肥料でした。
糞尿にも等級があって、栄養価の高い食物を食した屋敷のものが肥料としての価値が高く上位にあったようです。
長屋の糞尿を農家に売る権利は、借家を管理する大家にありました。かなり前、駅前などに「たばこは地元で買いましょう」のスローガンを掲げてありましたが、江戸時代には「用便を済ませてから出かけましょう」の雰囲気があったと思われます。
今、人糞をそのまま使うことは衛生上、問題がありますが厄介ものの排泄物ですらリサイクルと考える知恵は見習いたいものです。
江戸時代の大家は借家の所有者ではなく、管理人という立場で差配人などとも呼ばれています。大家は店子(たなこ)の様々な相談・心配事にのってあげ、ものいりでもあったと思われます。糞尿のあがりはありがたかったことでしょう。以下のようなはやしことばがあります。