
『草枕』(一・二) 夏 目 漱 石
山路(やまみち)を登りながら、かう考へた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟つた時、詩が生れて、畫が出來る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向ふ三軒兩隣りにちらちらする唯の人である。唯の人が作つた人の世が住みにくいからとて、越す國はあるまい。あれば人でなしの國へ行く許りだ。人でなしの國は人の世よりも猶住みにくからう。