日程の決め方

事前準備

臨機応変

運動会、入学式、卒業式など行事をする上で大切なことは日程です。会場の準備など日時が決まらない事には何も始まらないのが現実です。

それが感染症の蔓延で催し物の開催が極端に少なくなっています。

準備に一年かけているので明日とか来週とか急に行うわけにはいきませんとの声があります。

状況適応能力

コロナの終息が不透明の中、完璧主義を貫くことは今、いやここ数年は難しいと思われます。臨機応変とは今のような状況に適用する言葉ではないでしょうか。

状況への適応力が試されています。できる範囲の中で制限付きながら物事を進めるのもその組織の実力といえます。

組織の大半が年金暮らしの人々なのに、まとめ役がまだ職を持っていて行事の日時がいつも土曜日曜に偏っていました。

土日は子育てに忙しい現役世代に譲歩して少ない予算で公共施設や宿泊所などを利用できる平日が高齢者には相応しい日程と考えられます。

昔からの方針を変えられないとの意見は少なくありませんが時代に沿った行動こそが肝要なのではなかろうか。

座して死を待つ

準備、手配、段取りなど必要ない行事もあります。年老いて振り返ったとき、頑張ったとの評価を得たいために先延ばしにするのは「座して死を待つ」に等しいです。

若き日の諸葛孔明

「平時と異なり難しい状況にあるのに、手をこまねくだけで何もしないのは滅びゆく態度」です。『座して死を待つよりは出て活路を見出さん』と三国志で知られる諸葛孔明は語っています。

お金持ちでやさしい爺やと婆やに囲まれ、諸事・雑事は書生や秘書とお手伝いさんがこなしてくれる家族でないならば、コロナの感染が下り坂、小康状態になった期を逃さず即決する勇気を人々が持たないといずれ先進国から転落することになるでしょう。久しぶりに自分へ激を飛ばしてみました。

実務経験なし

看護師を目指し専門機関で教育を受けで看護師になりますが、コロナが蔓延して実習を経ないで卒業し実務につくこともあるようです。緊急事態が長引いて緊急避難政策が通常のようになると弊害が出てきそうです。

『困ったときの神だのみ』と感染症の平癒を祈願するだけでは解決しません。実態にあった施策が望まれます。

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