教育投資と修行

修行と辛抱

土俵にはブームに乗って我も我もと進出することは決して悪いことではありません。行動力のある強者に向いています。過当競争で共倒れもあるでしょうが、自然淘汰という言葉がありますのでそのうち落ち着くでしょう。

最近は長くかかる修行や確実な成功が保証されない教育投資は敬遠される傾向にあります。

海外留学や大学院への進学などもひところほどの熱はないようですが、他の追随を許さない専門知識技能は洋の東西、今昔の時間を超越して高い評価という認識は定着しているものと考えられます。

手に職をつける

手に職親は子女に対し《手に職をつけなさい》といいます。手に職をつけるとは一生の生計を立てるための専門的な技能や知識を習得するということでしょう。

単純な手伝い作業よりも熟練した技能や高度な知識を持つことにより安定した収入を得やすい状況に身を置くということです。

教育投資

はえ縄漁ものを施したり援助することがあります。「食料の乏しい人に一匹の魚を与えれば一日の食とすることができるが、その人に魚を捕る技術を教えれば、一生を通して食べる事が出来る」ということわざがあります。

直接的・短絡的な援助よりも恒久的な支援が大切と諭しています。

いまではいろいろな話題がネット上に飛び交っていますが、上のことわざを初めて知ったのは、Matt pietrek著『Windows95システムプログラミング』を読んだときでした。

米百俵福祉行政が従来型直接支援から自助努力型間接支援へと変わってきたり、長岡藩の支藩三根山藩から百俵の米が贈られとき、長岡藩の大参事小林虎三郎による「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」との政策《米百表》が小泉内閣のとき話題になりました。Library

おわりに

図書館の設置が経済に波及するには長い年月がかかります。教育投資の実効はすぐには現れません。当ブログも完成ソフトウェアよりも仕組み作り方に力点を置いています。

そのようなわけで横綱先代若乃花とプロ野球監督鶴岡一人氏の名言の説明は省略させていただきました。

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