古典採用の意義

見返り美人なぜ取り上げるのか

当ブログには、時折、万葉集の和歌や江戸時代の市井話(しせいばなし)に話題を移すことがあります。今回はクラシック音楽や古典文学をなぜ取り上げるかの想いを綴ることにします。

古いものがすべて良いものとは限らないが

洋の東西を問わず、成金、一発屋などと急成長した人々を揶揄する傾向にあります。一度も表舞台に立つことなく消え去る人が多い中、一度でも脚光を浴びたのならば、成功者と言えるのに退潮者(水に落ちた犬)には厳しい評価を下しがちです。

マズローの欲求段階説

短期間で昇りつめると少々、危ない面もあります。奇をてらってあれよあれよと登場する輩(やから)もいるからです。反面、長きにわたり、そして多くの人々をだまし続けることは難しいと言われます。だから、嫌われ勢力でも長く実勢を保っていれば評価せざるを得ないのも現実です。

JASRAC_WWII

そこで古典に話が移ります。古典は長い風雪に晒され生き残った珠玉の作品と言えます。著作権は原作者の死後50年を保護期間とする国が多いです。

その点、古典は著作権消滅作品がほとんどであり、参照しやすさがそこにあるのです。

著作権などの国際法律

江戸時代の鎖国体制を乗り越え、日本は明治維新で本格的な国際化が図られました。だから、経験不足で国際交渉は苦手なのでしょうか。スポーツ競技で日本人が活躍すると、なぜかルール改正が行われます。

著作権延長20年

体格に勝る欧米人向きに変わったスキージャンプのルール改正、日本人が得意とした平泳ぎでの潜水泳法が禁止されたり、背泳ぎにおけるバサロ泳法の制限、背の高い欧米人に有利なようにバレーボールのルール改正などがあります。

ディズニーの著作権が切れかかると著作権延長法が論議されたり、戦争中は敵国の著作権などは尊重されていないはずだから、戦争条項、戦時加算として10年延長されるなど敗戦国は連合国側から無理難題を押し付けられてきました。

著作権の保護期間

著作権について、発展途上では野放し状態です。東南アジアを旅行すると、かつての50年~60年前の日本の姿を見ることができます。著作権は悪意もなく目立たないでひっそり使用中ならば、大きな問題は起きませんが、その利用により名声や経済的な利益が生じると大問題になります。

再掲しますが、著作権に関して古典は扱いが楽です。古典にとって10年などはまばたきの一瞬です。戦後70年を超えるのに負の遺産には困ったものです。

新しいもの連合国の著作物において、古い作品には戦時加算は適用されません。争い事は蚊帳の外です。古典の採用は大きな意味があります。

さいごに

新しいことを大胆に進める人々は、《新しいものこそがすべてである》との信奉者が多いです。挫折を繰り返し、肩の力を抜いた時には、古くからのものにどっこい、優れモノがあるぞと気づくことがあります。

《温故知新》、《覧古考新》、《古きを訪ね新しきを知る》などのことわざが教えてくれていますが、あらゆることから学ぶ姿勢が大切と語っています。

新しがりやには、隠し味として古き良きことをさりげなく、お薦めしてはいかがでしょうか。そうすれば、新しいことが一層、引き立ちます。

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